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河村瑞賢 奥羽海運改革 ちょっと余談

昨夜、日本テレビの金曜ロードショーで、山田洋次監督の『隠し剣 鬼の爪』という邦画を

やっておりました。

普段はテレビで映画はあまり見ないのですが、昨夜は風邪のために部屋に隔離されており、

一人で横になってのんびりと鑑賞しておりました。

山田監督プラス永瀬正敏、松たか子などの俳優陣の演技もかみ合って楽しめる映画でした。

江戸末期の東北(山形か福島会津あたり)の小藩が舞台の映画なのですが、その中で主演の

永瀬正敏さんの妹役を演じた田畑智子さんの(よく聞き取れないほど)早口の東北弁に感心し、

同時に河村瑞賢の本を読んでいた時に感じたことを思い出しました。


河村瑞賢が仙台市の南の荒浜という港から江戸への米の輸送に尾張や紀伊の船を使ったこと、

さらに船頭や船乗りもその地方の熟練者を選んで使ったことは、先日書きました。

確かに船舶技術が優れていることがその理由なのですが、それだけでは納得ができません。

技術的な問題だけならば、船と船頭だけを尾張などから連れてくればいいはずです。

しかし、瑞賢は船員までもすべて連れてきているのです。

当然、荒浜から江戸までの地形や海流、気象条件などは東北地方の船乗りの方が詳しい

はずなのに、東北地方の船乗りを使わなかったのはなぜでしょう?


それは『言葉』の壁があったのではないかと思うのです。

(長内国俊著の小説『河村瑞賢』の中にも所々にそのような記述があります。)


当時は現在のような『標準語』などなく、各地それぞれで言葉は大きく違い、言葉が通じない

ことは珍しくなかったとおもいます。

ただし、当時(江戸初期)の文化の中心である上方や、信長・秀吉・家康の出身地の中部・東海

(紀伊・伊勢・尾張・三河)などからの人の流入は多く、意思の疎通に問題はなかったのでしょう。


それに比べて、東北は遥か昔の藤原氏によって平泉が栄えた歴史はあるものの、江戸初期に

おいてはその言葉はほとんど理解できない、という状態だったのではないでしょうか。

参勤交代がある上級武士ならばまだしも、その他の庶民は滅多に移動しないでしょう。

そのため瑞賢はあえて尾張や紀伊などの船乗りを使ったのではないかと思うのです。

(瑞賢自身が伊勢出身ということも無関係ではないでしょうが)


昨夜の江戸末期を描いた映画の中でさえも、江戸から西洋式鉄砲隊の教育に来た都会的な

武士と東北の古風なさむらいの言葉や考え方の違いが滑稽に描かれていました。



この文章を読んで、東北を田舎扱いしていると気分を害される方が居られるかもしれませんね。

しかし、昨夜の映画の田畑智子さんの方言(正しいものかどうかは別として)を聴いて、私は

美しく上品で優しい日本の言葉だと感じたのです。

実際はもっともっと分かりにくい言葉だったのでしょうが、当時の日本には各地にそのような

『言葉』があって、それぞれがそれを『方言』などとは思わずに、誇りを持って使う、大変美しい

『言葉』だったのではないかと思うのです。(現在の『標準語』などよりず~っと)


昔は日本各地に、それぞれの日本酒がそれぞれの杜氏の工夫と技術で醸されていたのと

同じで、言葉もそれぞれ誇りを持って美しく生きていたのではないでしょうか?

全国どこでも東京の方を向いた、同じ言葉、同じ生活、同じ味覚、同じお酒という傾向が強まる

現代の日本は便利で公平ではありますが、あまり面白くない世界ですね。

『狭い日本』といいますが、江戸時代には日本はもっと広かったんだなあと思いました。


そんなことを昨夜の映画を見て感じたという、極めて簡単なことをまたまた駄文で長々と

書いてしまいました。 申し訳けありません。


しかし何かにつけて最近想うのは、『現在は江戸時代より文化的に優れていていい時代

なんだ』とは一概には言えないなあ~~~
ってこと。

決して、現在のドツボの不況のための現実逃避的感慨ではないと思うのですが、

みなさま如何でしょうか?



『おめえ、単に山田洋次監督の世界にハマっただけやんけ!』というお叱り、あると思います。

『風邪の熱でうなされとるんかい!』 というお叱りもあるでしょう。

たぶんそうなんです。 うなされているんです。 きっと・・・・・病気です。

でも、せっかく書いたんでアップしますね。 ずうずうしく。





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by sakenihon | 2009-02-08 00:12 | 日本の歴史  

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