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上野寛永寺

河村瑞賢が上野寛永寺の瓦の修復に凧を使ったというエピソードをご紹介いたしましたが、

脱線ついでにさらに脱線させていただきたいと思います。

そもそも『上野寛永寺』って、みなさまご存知でしょうか?

日が沈んだ後の時間、のんべえが都内で最もお世話になったのは上野あたりです。

多少の土地感はあるつもりですが、『寛永寺』を含めて上野にあるお寺って記憶にありません。

ところが、調べるとまたビックリ! 

是非『上野寛永寺』についてご紹介させてください。

きっと上野の見方が変わりますよ!


上野寛永寺は正式には『東叡山 寛永寺』といいます。
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では、どこにあったのか?

上野にありました!

というよりも上野全体が寛永寺の境内だったというべきなのです。

現在残っている主な建物は、不忍池の真ん中のあたりの小島にある小さな『弁天堂』

西郷さんの銅像の後ろあたりのある『清水観音堂』と、上野動物園の中に『五重の塔』

などです。

現在の『東京国立博物館』の場所が寛永寺の本堂の跡地だそうです。

下の見取り図でわかるとおり、なんと不忍池からお隣のJR鶯谷の駅前までがすべて寛永寺

だったのです。 とてつもない広さのお寺だったんです。 

ですから、上野に寛永寺以外のお寺はないのですね。
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どうしてこんなに大きなお寺ができたのか?と不思議におもいますよね。

このお寺は天台宗の『天海大僧正』という僧が徳川二代将軍秀忠公と相談して、徳川家の

安泰と江戸庶民の平安を祈る道場(祈願所)として創建したのが始まりだそうです。

その後、三代将軍徳川家光によって寛永二年(1625年)に正式の寺院として発足し、

歴代将軍によって次々に整備・拡大され、徳川家の菩提寺も兼ねるお寺なったということです。

『東叡山』とは『東の比叡山』の意味が込められ、造営も比叡山延暦寺にならったそうです。

『延暦寺』の『延暦』は782~805年の桓武天皇時代の元号です。

これに対して『寛永寺』の『寛永』は徳川三代将軍、家光公の時代を現わす元号です。

元号をお寺の名前にするには、天皇の許可が必要になります。

ここからも普通のお寺ではない、ということがわかりますね。

また、陰陽道上では上野が江戸城の鬼門(北東)に位置し、寛永寺はその鬼門封じの意味も

あったというのが定説のようです。


上野寛永寺は徳川家菩提寺として、四代家綱、犬公方五代綱吉、暴れん坊将軍八代吉宗、

十代家治、十一代家斉、十三代家定の六名の将軍の御霊廟
があり、重要文化財にも

指定されています。

また、十三代家定の御台所天璋院篤姫も家定とともに寛永寺に眠っておられるそうです。

芝の増上寺も徳川家の菩提寺で、寛永寺とほぼ交互に歴代将軍が葬られたそうです。


不忍池の池の中の『弁天堂』『琵琶湖竹生島(ちくぶじま)の宝厳寺(ほうごんじ)』

見立てて造られ、西郷さんの銅像の後ろ側の『清水観音堂』は京都の清水寺を模した舞台造り

となっています。

《清水観音堂は焼失せず建立当初のままの数少ない建築物:重要文化財です。》
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現在の東京国立博物館から噴水にかけた場所のあった『根本中堂(こんぽんちゅうどう)』

は五代将軍徳川綱吉によって建立され、間口45.5m、奥行き42m、高さ32mの大伽藍で

まさに江戸随一の建物でした。(時代から考えて、瑞賢の凧の話はこの堂ではありません。)


上野から秋葉原へ向かう途中、御徒町あたりに『上野広小路』という地名がありますよね。

この『広小路』の名前の由来は、徳川将軍が寛永寺へ参る時に使うために道幅を広げたこと

によるそうです。

確かに上の地図を見ると広小路の延長線が噴水から国立東京博物館

つながることが明らかにわかりますね!。 (すっごい納得!ですよね。)




のんべえもつい最近まで『上野寛永寺』の名前も知りませんでした。

こんなに近くにこんなに知らないことがあったなんてね。驚きです。

これも『日本酒』を起点としての興味のお陰で、ありがたいなあと思います。

脱線続きの寛永寺の紹介だけでずいぶん長くなりすぎました。

が、まだもう少し続きがあります。

でも、そろそろ一杯やりたい時間になってしまいました。

続きはまた明日にします。 









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by sakenihon | 2009-01-25 20:29 | 日本の歴史  

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