『北海道と甲類焼酎の歴史』 に新展開!?

まるで夕刊ゲンダイの見出しのようなタイトルですみません。

”北海道で甲類焼酎消費が多い”について、【日本酒好きの北海道人】cordis様
コメントをお願いしたところ、ホ~~ッ!の情報をいただきました。

(以下、cordis様のコメント抜粋)
『サッポロソフトや大五郎などの4リットル焼酎の消費量が押し上げている原因だと思います。』

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この中にある「サッポロソフト」ってご存知ですか?
のんべえにとっては、これまた初耳。
調べて納得。
北海道限定の甲類焼酎でした。

製造者は札幌酒精工業株式会社
昭和8年創業のどさんこ醸造者さん。
道外への販売は通販のみ。
(サッポロビールとは無関係)


そして、その札幌酒精工業さんのホームページの中に『札幌酒精歴史館』なる記事が。
そこには「ホ~~ッ!情報」が満載でした。


長くなりますが、冒頭部分を引用します・・・
「昭和初期の北海道では農業の豊作に加え水産関連も豊漁で、それに伴い酒類の消費が増大して異常な不足現象が生じておりました。
こうした状況の中、当時の道内メーカーによる焼酎生産量は本道消費量の半分に満たないものであったことを踏まえて当社創立の立役者である金子朔太郎(後の当社会長)は当時道内には生産過剰で捨てられる大量の馬鈴薯や澱粉粕があることを知ったことから、これを焼酎原料として使用することに着目しました。
これは、原料を本州からの輸送に頼っていた当時としては原価を下げるばかりでなく本道の農業振興にも大きく役立つものであるとの確信から、道央に新規の焼酎製造所を設けることを決断させる要因となりました。」

今回ののんべえの推測とほとんど重なる内容でほっとしました。

北海道の開拓が進み、働き盛り、飲み盛りの労働者人口が急増(=需要の増加)し、同時に地元産の原材料が豊富に発生したことで、地元産のアルコール飲料の製造が加速され独自の飲酒文化が出来上がったんですね。

この、『札幌酒精歴史館』の記事は全5ページの長文ですが、日本酒ファンの方々にもご一読をお勧めしたい内容です。
戦前~戦中~戦後の日本の酒造業界が置かれた歴史が赤裸々にまとめられています。

本文中では「合成清酒」として記載されていますが、現在では超悪者扱いの三倍増醸酒生産の苦労など、大手のメーカーでは書きたがらない内容が多く、非常に具体的で勉強になりました。
( 「冥土の酒にご注意!」という北海道新聞。 是非クリック拡大して見てくださいね。)

三増酒も金儲けのためではなく、国の米統制政策によってそれしか作れない経済状況だったんですね。
当時の状況がよくわかり、まさに『酒の向こうに日本が見えた』面白い読み物でした。



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【おまけ】

【日本酒好きの北海道人】cordis様への謝意を込めて、くどき上手蔵元『亀の井酒造』さんの外観写真です。
「くどき上手」「スーパーくどき上手」については【日本酒好きの北海道人】へどうぞ。

山形県鶴岡市から車で約30分。
訪れた日には全員で青森県の『豊盃』三浦酒造さんへ研修旅行中で、蔵の中へは入れず。
蔵の廻りの空気を吸っただけで退散。 残念!
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蔵の周りは一面のさくらんぼ畑。 今年もちょうど今頃はこうゆう風景に囲まれているはず。
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お粗末でした。



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by sakenihon | 2009-07-09 02:39 | 日本の歴史  

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