北前船と日本酒 【佐渡】
従来からあった蝦夷地までを含め、後に”北前船”と呼ばれる和船です。
この航路の安定航海ができるようになったことで、日本国内の物資流通がスムーズに
なり莫大な財産を築いた豪商を多く生み出しました。
その繁栄は鉄道が敷かれる明治30年頃まで続きました。
船の数も多くなり、寄港地ではいろいろな文化が発達したようです。
日本酒もその一つ。
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酒田を発った後、最初の寄港地は佐渡の小木(おぎ)です。
現在は直江津とフェリーでつながる港町です。

瑞賢の指示で幕府が立務所を設けてから、大小400隻もの船が停泊可能な港となり、
島の南端の小さな港町は随分と栄えました。
ここで補給や風待ちをしたばかりでなく、新潟から小舟で小木に持ってきた米の積み替えや
新潟港での膨大な米の積み込みの順番待ちの場所でもあったそうです。

現在の佐渡に現存する酒蔵は6つ。
上の地図の赤いマークの地点が酒蔵です。
人口6万5千人の島にしては多いのではないでしょうか?






北雪酒造と逸見酒造は明治5年創業。
尾畑酒造は明治25年、加藤酒造は大正14年の創業。
菊波酒造は昭和23年、佐渡銘醸は昭和58年。
残念ながら、江戸期から続いている酒蔵はありませんでした。
菊波酒造と佐渡銘醸は複数の酒蔵が統合したと思われますが、詳細は不明です。
北前船の水夫や佐渡金山の工夫が飲んでいた酒の特徴が、今でも残っていると
考えるのは無理でしょうかね。
のんべえがこの中で飲んだ記憶があるのは北雪大吟醸だけです。今回入手できませんでしたが、いわゆるやさしい新潟の酒とは違い、
スッキリとした非常にキレのいい男酒という印象でした。
新潟本土と佐渡では酒の味は違うのでしょうかねえ・・・
北雪酒造は石高5000石の比較的大きなお蔵さんです。
地元消費のもっと小規模な銘柄も飲んでみて、傾向を探ってみたいもんです。
(北雪酒造は地図中一番小木に近い海岸沿いの一軒です。)
佐渡には北前船が残していった文化がもう一つあります。
『船箪笥』という船の中で使う大変頑丈で精巧にできた高価なタンスです。



船箪笥の三大産地というのがあって、「山形県 酒田」「佐渡 小木」「福井 三国」
なんだそうです。 もちろん三か所とも北前船でつながっています。
佐渡には芸者箪笥というのもあるそうです。金が集まる場所には女が集まる?
港町には芸者衆も集まったようで、羽振りの良い船頭達が
気に入った芸者に買い与えたことから発達した工芸品だとか。
今なら銀座のオネエサンに外車を買ったげる、ってとこでしょうかね?
北前船で栄えた町には決まって花街もあったようで、艶やかな話もたくさん転がっているようで、
やはり、お酒と女性も切っても切れない仲なのですなあ・・・

小木には唯一の北前船「白山丸」の実物大模型も(北前船 寄港地と交易の物語 より)
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by sakenihon | 2009-08-27 23:05 | 日本の歴史

