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2009年 01月 11日 ( 2 )

 

お取り寄せの『紅ずわいがに』が届きました。

毎年、この時期恒例の我が家が楽しみにしているお取り寄せが届きました。
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活きたままの『紅ずわいがに』です。

『大徳丸』という福島県の通販で、「かにかご漁」という方法で獲られたもので、届いた時には

まだ元気に活きています。

獲れた時に脚が数本取れてしまったものを『お買い得パック』として販売されているので

大変お買い得に新鮮なカニが楽しめます。 おすすめですよ!

大きさがいろいろで、箱を開けて見るまで何バイ入っているかわかりません。

今回は6パイ入ってました。
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今日はカミサンの誕生日ってこともあって、思いっきり楽しみたいと思います。

どうやって食べるかな? 





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by sakenihon | 2009-01-11 17:37 | その他いろいろ  

江戸時代のお米の流通ってどうなっていたんだろう・・・

昨日、酒蔵の起源を取り上げましたが、酒蔵は原料のお米をどうやって入手できていたのか?

のんんべえは気になってしかたがありません。

殿様お抱えの酒蔵は十分なお米も手に入ったでしょう。

大きな庄屋さんの酒蔵も年貢米以外の余裕があったから、なんとかなったんでしょうね。

でもそれ以外の酒蔵って、どこからお米を買ってきたのか?という疑問があります。

しかし、残念ながらよくわかりません。

歴史の本なんかには領主とか偉い人のことは残っていますが、普通の人たちの生活とかは

載ってないんですよね~~~何かいい資料をご存じの方は教えてください。


ちなみに、 江戸時代には

蔵米、城米、作徳米という言葉があったことはわかりました。

蔵米= 年貢として各藩が集めたお米でのこと。一部は家臣の俸禄となり残りは換金されて
      藩の財政の基盤となっていたもの。
      大名お抱えの酒蔵はこの中からの割り当てもあったのかな?

城米= 幕府の天領で集められた年貢米。 江戸幕府の財政の基盤。

作徳米=収穫されたお米の内、年貢以外の余剰分。農家はこれを他の生活必需品と交換して
      生活していたようで、実際に自分たちの口にはほとんど入らなかったようです。


一般には酒造りには作徳米を集めていたはずですが、詳しい流通経路は分かりません。
      
作徳米の量は豊作か飢饉かによって大きく変動し、飢饉のときには度々『禁酒令』が出され、

お酒の製造が禁止されていたそうです。


いづれにしましても、お米は江戸時代の最大の生産物であったことは間違いありません。

さらに生産地(稲作地帯)と消費地(人口が多い江戸・大阪などの都市部)は大きく隔たっており

それを移動する必要があったことも間違いありません。

その移動や流通がうまくいかないと、消費地の酒蔵のお米が入手できなかったはずです。

江戸時代には農林水産省もJAもなかったのに、だれがその調整を行っていたのか?

お酒づくりからスタートして、のんべえの疑問は膨れるばかりの今日この頃です。

もっと調べてみますが、だれかご存じの方がおられましたら、教えてください。





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by sakenihon | 2009-01-11 15:15 | 日本の歴史