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さくら サクラ 桜

今年の桜は開花期間が大変長いようで、いろんなところで楽しませてもらってます。

4月4日にとあるセミナーを聴きに四谷の上智大学へ行って来ました。
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都内は開花が早いなあ~~
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校舎の17階から見た四谷の桜並木。都会の桜です。
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続けて4月5日は両国の江戸東京博物館へ行ってきました。
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やはりここも桜満開。
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見上げると、某携帯会社の高層ビルの脇にお寺?
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行ってみました。 『関東大震災の犠牲者の慰霊塔』がその正体でした。
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そして、今日は我が家の近くの川辺の桜並木をカミサンと散歩。
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千葉は東京より少し気温が低いのか? 今が満開でした。
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春ですねえ。 ”つくしのぼう”もたくさん頭を出していました。
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成田ですから。 桜にも飛行機が似合います。
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桜の開花はその数日後の華吹雪を約束してくれます。

咲けば数日後には必ず散るのが定め。

人の「出会い」と「別離」、「生」と「死」を連想させます。

桜の花からそんな連想をしてしまうのは歳のせいか?

華々しさと切なさを感じる今日この頃。

こんなところが、日本人にとって桜は特別なのでしょうか・・・・・




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by sakenihon | 2009-04-10 01:20 | 日本の風景  

バースデーケーキと日本酒

昨日は娘の誕生日でした。

それで当然ながらカミサンはバースデーケーキを購入。

今回はフルーツケーキです。

デザートワインでもあると楽しいのですが、我が家にそのようなものがあるはずもなく・・・・

現在の日本酒在庫はほとんど青森の銘柄で、どちらかというとお燗向き。

チョット困ったなあ~~と、冷蔵庫を覗くと・・・・・・・ありました。   

一本だけ、かわいいのが!f0193752_19121365.jpg

先般の寺田本家さんの酒蔵祭りの際に購入しておいた一本。

『自然酒五人娘 生もと純米吟醸』の300ml瓶。

なんとなく、ケーキとでもイケる!という直感だあります。

純米吟醸とはいえ、寺田さんのお酒はコッテリ、ガッツリのはず。

ケーキにも負けてないのでは?と。


結果。

お酒にずっしりとしたお米の香りと旨味(甘み)があるため、

口の中でフルーツケーキと混ざり合うと、

まるでフルーツが乗ったライスプティングのようです。

一応、グラスもそれらしいものにして楽しみました。

ちょっと変則ですが、こうゆう日本酒のいただき方があってもいいでしょう。
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そういえば、最近こんなお酒を入手しました。

「アイスクリームにかけるお酒」だって!

思わず買ってしまいました。

岐阜の『達磨正宗』白木恒助商店という蔵が造っている商品です。

ライトタイプとヘビータイプがあるのですが、購入したのはライトタイプ。

いろいろな酒蔵で様々な工夫がされているものですね。

近々、日本酒パーティーの予定があるので試してみたいと思ってます。




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by sakenihon | 2009-04-08 22:47 | 本日の一献  

表参道 長谷川酒店

かの有名な表参道のはせがわ酒店さんへ行ってきました。

一度行ってみたかったんですが、千葉県民にとって”表参道”は敷居が高い街です。

ましてや、都内でも最先端のショッピングモール『表参道ヒルズ』の中という立地。

チョット緊張気味に行ってきました。


日本酒に馴染みが薄い客層に対する日本酒のポータル的機能を有するお店です。

日本酒の楽しみ方を紹介しつつ、アンテナショップとしての機能も備えているお店でした。


このお店単独では決して採算は採れてはいないはずですが、

麻布十番にあるお店と合わせての出店で成り立っているようです。

麻布十番店にも行ってきましたが、さすがにすごい品揃えでした。

ワインの品揃えもしっかりしていて、六本木周辺の飲食店への

業務用販売が表参道店を支えているんだなと感じました。


表参道店にはマニア向けっぽいものは少なく、スパークリング系や

低アルコール系、獺祭のような軽くフルーティーな銘柄が揃っていました。

容量も180~300mlのものが揃っています。

私が在店した30分ほどの間だけでもスパークリング系のお酒のお客さんが3組。

お店のコンセプトを見極め、ユーザーターゲティングがしっかりできた品揃えだと思います。


酒販店でありながら、店内には5席ほどのカウンターコーナーでお酒をいただくことができます。

私がいただいたのは季節柄、新酒搾りたて生酒の3点セット。

3種x45mlで700円というお手頃価格です。
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左から、岩手の南部美人、栃木の鳳凰美田、山形の上喜元です。

スッキリした切れのある南部美人、甘くふくよかな香りの鳳凰美田、バランス絶妙の上喜元。

すべて無濾過生の新酒。(上喜元は原酒)

これで700円はお得です。

スタッフの女性も美人で日本酒にも詳しい。

ここまで揃えばのんべえも脱帽です。

話題になるのも納得です。





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by sakenihon | 2009-04-08 00:53 | 本日の一献  

津軽考 脱線また脱線

お酒から離れてしまいますが、日本酒ブログの先輩の酒呑親爺さんから深いコメントをいただいてしまった勢いで、もう少しグタグタを続けさせていただきます。

そもそも、随分前に飲んだ『安東水軍』をいまさら取り上げたのは、最近読んだ本がきっかけでした。f0193752_21502819.jpg
『歴史人口学で見た日本』という本で、お酒とは無関係の本です。
(速水融著 文春新書)

速水融さんは元慶応大学教授で日本で歴史人口学という
学問を確立した人物のようです。

「歴史人口学」とは”人口”というミクロのデータを積み上げて、
その時代のマクロ的な傾向を推測するもので、よほど
興味がなければ、面白い本とはいえません。


しかし、最終章に面白い箇所があって、それが『安東水軍』というお酒を思い出させてくれました。
 (あくまでも私が面白いと思っただけですが・・・・)


その部分を、できるだけ簡潔に紹介させてください。

【江戸時代以前の日本の家族や人口には3つのパターンのある】

①東日本のパターン
早く結婚する(15歳~)が子供は少ない。
母親は4~5人の子供を産み終ると、あとはまた労働力となって働く。
その後は出産制限を行う。
親と子の年齢の差が少なく、一つの家に三世代~四世代が住む直系家族。

②中央日本のパターン
結婚年齢は比較的遅い(22~25歳)が子供をたくさん産む。
家族は2世代から多くて3世代が住む核家族か直系家族。
特に江戸時代以降には核家族化が進んだ。

③西南日本のパターン (西南日本=東シナ海沿岸)
結婚年齢は遅いが、結婚前に子供を産むことがある。
離婚も多く、離婚と次の結婚の間に出産することもある。
性行動は他の地域と違って、倫理的な観点からいえば自由。
家族の形態は傍系の家族まで一緒に住む合同家族の傾向がある。

【では、なぜこのような違いが生まれたのか?】

速水氏はこの疑問の説明として、それぞれの地域に住みついた人々が元来持っていた価値観や風習などに起因するのではないかと推論しています。
三つの地域の人々とは、
①東日本人――――アイヌ・縄文時代人
②中央日本人―――渡来人・弥生文化人
③南西日本人―――海洋人    
              の三つです。

それぞれに因果関係を論じていますが、東日本人だけに絞ってまとめると・・・

東北日本は稲作も盛んになってきていたが、元来アイヌの生業は狩猟・採集であった。
したがって、一人が生きてゆく必要面積が非常に大きくなるため、人口を増やさない必要があり、そのため出産制限を行い、母親の労働復帰が早い時期になされるような家族設定となった。
(縄文人の人口は四~五十万人の規模だったといわれる。)


つまり、縄文期から平安期の長きにわたって東日本=アイヌ文化ともいえたようです。
それで、河村瑞賢が出てくるずーっと以前から、北海道を起点として、敦賀~琵琶湖~京都の海の物流ルートが確立されていたことも納得できます。

大和朝廷に始まる京都の文化は、大陸から渡ってきた弥生人が造り上げたもののようです。
しかし、京料理の命ともいえる”昆布”が北海道から京都まで運ばれたのは、縄文人(=アイヌ人)の航海術なくしてはあり得なかったし、その流通力があったからこそ奈良期以降の文化(たとえば伊勢神宮の祭祀)が確立したともいえる、という気がしてきました。

現代の日本は世界でも類を見ないほどの単一民族国家といわれますし、私もそんな風に思っていましたが、決してそうではなかったようです。
日本も最低でも3つの民族の掛け合わせによって栄えているということ、現代でもその名残りは目を凝らすと随所の見えることに少し気が付き始めました。

いい年をして、今までこんなことに全く興味がなかった自分が恥ずかしいものです。
『酒』を通して日本を眺め始めたら、本当にいろいろなことを知ることになりました。
これから酒の味にもますます深みが出てきそうです。

できればもう一度青森にいって、鰺ヶ沢~深浦あたりをめぐってみたいと思います。
かつての流通と文化の要衝ですから、きっと面白いお話がたくさん聞けるのではないかと思います。

以上、本日はかなりの酩酊状態での更新です。
御勘弁ください。

酒呑親爺様、
お気づきの点はご遠慮なくご指摘、ご指導ください。
ただし、お手柔らかにお願いしますね。





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by sakenihon | 2009-04-07 01:39 | 日本の歴史  

津軽の忘れもの

お~~~っと、4月になって初めての更新ですねえ~。

最近、春の嵐の吹かれてフラフラしている間にもう4日。 イケませんねえ。

津軽のお酒、一つ紹介を忘れていました。
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青森県西津軽郡鰺ヶ沢の尾崎酒造さんの『安東水軍』です。

帰路、途中下車した青森駅の売店で購入したものです。

青森から上野までの電車の中でチビチビやったお酒です。

旨味と酸味がしっかりあって、少しとろっとしたような舌ざわり。

いかにも青森のお酒といった感じでした。


いまさら、思いだしたように書くのはわけがあります。

このお酒のラベルが大変興味深いと思うのです。

まずはお酒の名前の『安東水軍』です。
平安時代の奥州の戦乱(前9年・後3年の役)で敗れた安倍氏が津軽十三湊へ逃れ、『安東水軍』となったそうです。
安東水軍は中国(唐)とも交易をし、航法や造船技術を習得し、ますます大型の船の建造が可能となり、その大船で北国の幸を満載して三韓、唐、天竺などと交易を広げへ巨万の富を得たそうです。安東の富は各地の社寺へ寄進され、平泉金色堂の黄金の威容をも支えたとのことです。

ところで、最初に荒ぶる日本海を渡って唐との交易ができたということは、当初からかなりの航海能力があったということです。
どうして?と考えると、函館の『北方民族資料館』で得た知識が浮かびました。
”アイヌ民族”の航海能力です。
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彼らは小さなカヌーのような船でアリューシャン列島からアラスカまで行っていたそうです。
そのような航海技術が津軽まで伝わっていたとしてもなんら不思議ではありません。
奥州の戦乱自体が、大和系(弥生人系)による北方民族系(アイヌ系)の鎮圧といいます。
安倍氏とアイヌ文化がつながっていて当然です。

安東水軍はアイヌの航海術を基に発達したのだと私は考えます。
さらに、早い時期から北海道~津軽~能登~敦賀への日本海廻りの北前船が発達できたのも、アイヌの高い航海術があったためと考えられないでしょうか。

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ラベルのもう一つ気になる文字。
『東日流』と書いて『つがる』と読むんですね。
そういえば『つがる』って『トゥガル』みたいな外国語っぽさがありませんか?
もしかしたら、これも元々はアイヌ言葉が低流にあるのではないかとさえ思えてしまうのは私だけでしょうか。

『東日流』という文字にも深い意味を感じてしまいます。
どこから見ての”東”なのでしょう?
中国(唐)から見ての極東という意味の”東”なのでしょうか。
現在の日本地図では辺境ともいえる津軽地方ですが、、かつてのある時代においては、日本列島での最もグローバルな場所であったのかもしれません。

『北前船』の”前”という文字は”表”を意味していたそうです。
江戸初期以前は日本海側が日本の表側という意識だった現れです。
アイヌの航海技術に基づいた北海道から津軽~京都、そして唐、天竺へのルートはかつて日本の表玄関ともいえる交易ルートであったのでしょう。

一本の酒から、そんな勝手な想像に浸りながら飲む酒は、また一段と味わい深く、酔いも深いものです。

次第にまた北前船のことが気になり始めました。
最初は日本の中での米や酒を運ぶ海運としての興味でしたが、もっと深い歴史を感じ始めました。




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by sakenihon | 2009-04-04 22:47 | 日本の歴史